オヴェイションズ〜サム・クックの香り


先日友人のBさんが、
「サム・クックそっくりのボーカルがいるオヴェイションズ、持っていますか?」
というメールをくださった。
私は内心「あのサムに?初耳だわ。」とビックリしながら
「持っていません」というお返事を出すと、早速音源を送ってくださったのである。
「Bさん、ありがとう!」と思いながら包み紙を開ける。
コピーしてくださったCDジャケットには『Having A Party』という、
サム・クックが1962年にヒットさせた曲のタイトルが書いてあった。

初めて聴くCDをデッキに入れ、
再生ボタンを押す時の気持ちはいつも同じである。
期待と不安が入り混じった心地よいドキドキ感。
リクエスト通り、ライナー・ノーツは読まず
4番目の『Touching Me』から聴いてみる。
この曲はサム・クックとは関係ないので
きっと彼らのオリジナル曲なのだろう。

前奏が始まってすぐコーラスが入り拍手が起こる。
すると「♪オゥオ〜〜」という聴き慣れた声がスムーズに流れてきた。
サム・クックかと思うくらい声質はそっくりで
音の伸ばし方や節回しも同じである。
オヴェイションズの写真が添付されていたので
急いで、どの人がリード・ヴォーカルなのか確認してみる。
名前はルイス・ウィリアムス。容姿はサムに全然似ていない。
なのに歌声はサムそのもの。これには唖然とした。

次の『My Nest Is Still Warm( My Bird Is Gone)』はブルース・ナンバーで、
サムが歌った『Little Red Rooster』を思い起こさせてくれる。
心なしかサムが歌うブルースよりも迫力があって、
力強いグルーヴが感じられた。
ベースの音が際立っていて、アレンジもカッコいい。

そして次はサム・クックの最初のヒット曲『You Send Me』。
サムと同じ歌声の人がサムの歌をカヴァーしたらどうなるのか?
『Touching Me』を聴いた時から私の目の前には
微笑をたたえながら両手を広げて歌うサムの姿が浮かんでいた。
これはルイスにとって失礼な事なのだろうかと思いながら
彼の歌声に耳を澄ます。
出だしのニュアンス、声の艶、どれをとっても
サム・クックなので鳥肌が立った。
間奏の後、サム以上に抑揚をつけて歌う部分がある。
まるでサムの未発表テイクを聴いているかのようで、
彼が単なるサム・クックの物真似だけで終わらない
実力派のシンガーであることががよくわかった。

8番目の『Don't Look Back』は曲のテンポも軽快でヒットしそうな曲。
『I Can't Believe It's Over』も、サムが歌ったらこのような感じになるだろうな
という夢を私に見せてくれるほどの出来映えだった。

10番目はサムの願いが一番詰まっている曲、
『A Change is Gonna Come』である。
この曲は人種差別を題材にしたサムの苦心作(1964年)で、
サムが銃弾に倒れ息をひきとった2週間後にリリースされた曲である。
オリジナルの前奏は美しいストリングスの音色と重厚なホルンの響きで始まる。
ルイスのバージョンは、コーラスを入れるなどして
オリジナルのオーケストラ風とは大分異なる音作りをしていた。
緊張感に満ちたルイスの声が聞こえてきて
静かにバックと同化していく。

「I was born by the river in a little tent…」
(川のほとりの小さなテントで生まれて…)

この瞬間だった。私が夢から覚めたのは!
何と言ったらいいのだろう。
ルイスはサムと同じぐらい歌が上手く
どの曲を聴いてもサムに限りなく近い。
もちろんルイスはサムのそっくりさんではないのだから
似ている似ていないは二の次である。
ただリスナーとしてはここまで似ていると
どうしてもサムの曲を歌った場合、オリジナルと比較してしまう。
そういった観点でこの曲を聴いた時、
この曲だけはサムに最も近づくことができなかったと私は感じた。

なぜならこの曲はサムの人生観を示唆する歌であり、
彼の祈りと魂が込められた珠玉の作品だからである。
そう思った途端、ルイス・ウィリアムスの顔がパッと浮かんできて、
私は初めてルイスの声だと認識しながら
この曲を聴くことができた。
間奏ではエモーショナルなギター・ソロが流れ、
そのソロに煽られるかのようにルイスは最後の章で
一気にテンションを上げて歌いあげる。

ルイスの熱唱を聴き終えてから、
私はサムの『A Change Is Gonna Come』をかけてみた。
サムの声は達観の境地に入っていて、
天高く無限に広がっていくと思われるほど伸びやかである。
この曲に懸けるサムの想いは、彼が今まで歌ってきたラヴ・ソングとは
一線を画していたのだということをここで強く認識した。

ルイスは『My Nest Is Still Warm』や
CDのトップに入っている『"Having A Party" Medley』の合間でも
「That's it !」という言葉を意識的に使っている。
これはサムのハーレム・スクエア・クラブでのライヴ盤を
何十回となく聴いた者なら必ず耳に残る言葉だ。
サムは『Twistin' The Night Away/ツイストで踊りあかそう』の中で
「That's it !」 (それだよ!)という言葉を
とりつかれたように7回も口ばしったのである。

なぜルイスはここまでサムに近づくことができたのだろうか?
声質がそもそも似ているという事は大きな要素であるが、
それだけではここまでサムを彷彿とさせる歌い方はできない。
彼がサム・クックと同じ黒人のDNAを持っているという事が
少なからず関与しているはずだ。
彼らに共通するソウルフルな歌い方と独特なリズムの取り方。
ルイスにはもともとそうした下地があるため
サムのリズムやほとばしるソウルを
あそこまでリアルに表現することができたのだろう。

黒人は歌の中で一つの単語を発する時でさえ
その中にグルーヴ感やドライヴ感を含ませることができる。
これが彼ら特有の粘りのある歌い方につながるわけだが、
白人でこの感覚を一番身につけているのは、
エルヴィスだと私は思っている。
だからこそエルヴィスの歌い方をルイスのレベルで
真似できる人はいまだかつていないのだ。

ロックが若者の心を揺さぶったのはグルーヴに満ちたあのビートである。
歌にうねりを出すには、
音を出していないときの「間」にもグルーヴを注入することが大切で、
エルヴィスはその方法を黒人音楽から学びとったのである。
では黒人だったらエルヴィスに近づけるのかと言われたら
それも難しいだろう。
リズムの取り方ではエルヴィスを感じさせることができても
あの穏やかで叙情あふれる柔らかさは出せないと思う。
エルヴィスの心の故郷はカントリーにあるのだから。

ルイス・ウイリアムスはオベイションズとして来日したことがあると
ライナー・ノーツに書いてあったので、
これから先、再来日することがあったら是非ステージを観てみたいと思って
彼のことをネットで調べてみた。
すると、彼はもうこの世にいない事がわかり、一抹の寂しさを覚えることとなった。
しかし、ルイス・ウィリアムスの歌声はサム・クックの後継者として
永遠にリスナーの胸に刻まれ続けていくことだろう。


オヴェイションズ:THE OVATIONS
1941年テネシー州メンフィスで生まれたルイス・ウィリアムスは
1962年にナザニエル・ルイス、ウィリー・ヤングという
二人のメンバーを集めオヴェイションズを結成。
1964年にジェイムス・カーやスペンサー・ウィギンズがいた
濃厚なサザン・ソウルの発信レーベルである
メンフィスのゴールドワックスからレコード・デビューを果たす。
リード・ヴォーカルのルイスはサム・クックの唱法を受け継ぎ、
69年まで同レーベルに在籍して9枚のシングルを発表したが
ゴールドワックスが自然消滅。
その後72年にMGM傘下のサウンズ・オブ・メンフィスに入社し、
「タッチ・ミー」を大ヒットさせる。
しかしルイス以外のメンバーが脱退し、新たにナインチンゲイルスの
メンバー三人が加入して4人組として再出発。
シングル・カットされた「ハヴィング・ア・パーティ」が大ヒット。
グループとして来日も果たしたが、
ルイス・ウィリアムスは2002年10月13日メンフィスで永眠した。
享年61歳。

<05・9・30>
































































































Louis Williams