サム・クック @
      〜「Live at the Harlem Square Club, 1963」


サム・クックのアルバムを初めて買ったのは20歳の時だった。
きっかけは、その頃よく聴いていた「Rock'n' Roll」というアルバムの中で、
サム・クックというソウル・シンガーが自ら作りヒットさせた曲
『Bring It On Home To Me』をジョン・レノンがカヴァーしていたからだ。

『ブリング』を歌うジョンの哀切に満ちた声は今でも私の耳に残っている。
簡単なコード進行だが、メロディー・ラインが実にエモーショナルで
ひしひしと心に響いてくる。

繰り返しこの曲を聴いているうちに、
オリジネイターの歌声をどうしても聴いてみたいと思うようになり、
「サム・クック」という名前をレコード店で探し
この曲が入っていた彼のベスト盤を早速購入した。

『Bring It On Home To Me」は1962年にリリースされ、
ポップス部門で13位、
R&B部門では2位にまでのぼりつめた曲だということがわかる。
こうして私はサム・クックと出会ったのである。

しかし、当時の私は
「サム・クック」が好きでアルバムを買ったわけではない。
『Bring It On Home To Me』という曲が大好きでアルバムを買ったため、
ジャケット写真におさまっている貴公子のような彼の笑顔を見ても
何ら心を奪われることはなかった。

私の場合、ルックスはあとから付いてくるものだ。
初めに音楽ありき。
音楽性にピンとこなかったら
どんなに歌い手や演奏者がハンサムでも心酔することはない。
そのかわり自分の音楽の好みとミュージシャンのセンスが合えば、
どんなルックスでも「あばたもえくぼ」状態で光り輝いて見えてくる。

あの時、アルバムに収録されている曲を一通り聴いて
歌は抜群に上手いと思ったが、
私はサムのアルバムをもう一枚買ってみようとは思わなかった。
今思うと本当に情けない話だが、
私の耳は未熟だったとしかいいようがない。

ところがあれから15年以上の歳月が流れ、
今年の秋にたまたま友人のMさんが
「おすすめ」ということで送ってくださった
『サム・クック・ライヴ・アット・ザ・ハーレム・スクエア・クラブ』を聴いて
私のサムに対する見方は180度変わってしまったのである。
Mさんのお蔭で私はようやくサムの偉大さに開眼することができた。

『サム・クック・ライヴ』のラインナップを見た時、
懐かしの『Bring It On Home To Me』が入っていたので
多少なりとも胸騒ぎがした。
サムの歌声は当時の私の記憶によると、
とてもお行儀がよく理知的な感じで、
私が好んで聴いていたブルース・シンガーとは全く違う雰囲気だった。

サムの顔を思い出しながら「再生」ボタンを押す。
前日の睡眠不足がたたって私の頭はぼんやりしていた。
ライヴ会場はマイアミにある「ハーレム・スクエア・クラブ」。
「ミスター・ソウル!・・・大きな拍手を!」とサムを紹介する声が
センセーショナルに聞こえてきた。
聴衆のざわめきと共に登場したサムがまわりを煽ぐように何か言っている。
「もう一度聞くよ! みんな元気かい?」

そして最初の曲『Feel It』が始まる。
私にはバック・バンドのノリとサムの歌声が
完全に一致しないまま、ウォーミング・アップをしている状態で
終わってしまったという印象を受けた。
私の頭は依然としてクリアーな状態になっていなかった。

しかし2曲目の『Chain Gang/チェイン・ギャング』のイントロが始まった時、
オープニングの曲とは明らかに何かが違うことに気が付いた。
心にスッと入ってくる心地よいメロディー。
「ウ!」「ア!」という調子の良い掛け声がズシンと胸に響いてきて、
サムが耳に馴染みやすいメロディーをハスキーな声で歌った時
私は頭を金槌で殴られるかのごとく突然眠りから覚めたのである。

「・・・これがサム・クック?こんなにエキセントリックだったの?」
私が知っているサムとは歌い方が全く違うし、声質もどことなく違う。
まるで「別人」の歌声を聴いているかのようだった。
そしてサムが「Till the sun is going down」という歌詞の
「ダウン」の部分で 母音の「ア」の音をガラガラとうがいするみたいに
揺らしながら歌った時、私は確信したのだ。
「・・・サムの歌い方、好きだ!」

それからは身じろぎもせず流れてくる音に耳を傾けた。
サムは歌の合間で早口に言葉を発しながら聴衆に呼びかける。
こんなにサムが饒舌だとは知らなかった。
時々彼は小節から小節に移行する時、
こぶしを入れて言葉の終わりを次の小節にひっかけるので、
何ともいえないグルーヴ感が歌の中に生み出される。
彼は音を引きつけ、粘らせながら歌うのだ。

途中からドラマーが
鎖(チェイン)に繋がれた囚人(ギャング)をイメージさせるかのように
ハイハット・シンバルを小刻みに鳴らし始めた。
会場全体が
シャーマンのように激しくシャウトするサムの歌声に支配されていく。
解放を促すサムの「コール」と
それに応じるまわりの過激な「レスポンス」から
聴衆はサムの同胞(ブラザー)達であることがわかった。
この雰囲気は黒人達が集う教会で私が体験したものとまさしく同じものだ!

ライヴは『Cupid』、『It's All Right』〜
『For Sentimental Reasons』と続いていく。
「I Love You・・・」というところで、
サムはシャウトでしゃがれてしまった声に情感を込めながら
愛を語るように歌った。

次の『Twistin' The Night Away/ツィスティン・ザ・ナイト・アウェイ』では
すし詰め状態と思われるホール(2千人のキャパがあるらしい)で
みんなが狂乱しながらツイストしている様子が目の前に浮かんできた。

グルーヴ感とドライヴ感にあふれたバックの演奏も最高だ。
タイトでパンチのきいたパワフルなドラミングがバンドの要で、
それにベースやギター、サックスが応える。
バック・メンバーのノリとパワー全開のサムの声は完全に一つになっていた。

熱気のためか時々「ウッカリする」べーシストもいいアジを出していて、
同じベースを弾く立場として、彼には親近感を覚える。
彼の音の出し方やつなげ方、音色などは全て私好み。
『ツィスティン』のサックス・ソロも非の打ち所がないほどパーフェクトなノリで
素晴らしいブロウを聴かせてくれた。

「ハッ!」という気迫に満ちたかけ声を何回も放ち、
魂をむき出しにしてワイルドに歌うサムの姿がハッキリと見える。
サムは「ハハハ!」というゴスペル特有の豪快な笑いを交えながら
大聴衆の心を完全にモノにしていた。

『Somebody Have Mercy』では何かにとりつかれているかのように歌い、
そしていよいよ『Bring It On Home To Me』。
何とこの曲に入る前、
2分半にも及ぶサムの神がかった前振り(歌のような語り)が入る。
バックもサムと一体化してそれを盛り上げ、
ついにあの感激のイントロが始まった。
このイントロのリフを聴くと、
私はなぜか胸がキューンとして切ない気持ちになる。
ベスト盤ではピアノだったが、ここではギターがメロディーを奏でる。
その途端身体中がジーンとして、涙があふれそうになった。
サムはこの曲をこれでもかというくらい
熱っぽくたたみかけるように歌ってくれた。
彼が曲に合わせて「イェー」と呼びかければ、
その倍の大きさで「イェー」という言葉が返ってきて、
ライヴは最高潮に達する。

エンディングで
サムは「ウォ〜〜〜」というライヴ中最高とも言える雄叫びあげた後、
即座にテンションを整えて
「Bring it to me〜」と平然とした様子で歌った。
私はその瞬間、彼のシンガーとしての器の大きさと
彼の複雑で奥深い性格を垣間見たような気がした。

このライヴを録音しているミキサーの拍手が、
後半あたりから「パチパチ」とかなりの頻度で聞こえてくる。
あまりのライヴの凄さに職務を忘れて自分の世界に入り、
本能の赴くまま勢いよく拍手してしまっているようだ。
初めは「アバウトだな〜」と苦笑していたが、
彼の拍手もこのライヴ盤になくてはならないものだと思うようになった。

私はこの日を境に『サム・クック・ライヴ』を毎日聴くようになり、
聴けば聴くほど、「サム・クック」という人間をもっと知ってみたいという
欲求に強くかられるようになっていったのである。

<04・12・11>