マーヴィン・ゲイF
     〜「ザ・リアル・シング・イン・パフォーマンス」


今年の春にリリースされた
「マーヴィン・ゲイ/ザ・リアル・シング・イン・パフォーマンス 1964-1981」は、
1976年のオランダでのライヴ音源(CD/約61分)と
1964年から81年までのパフォーマンスやインタビューを集めた映像
(DVD/約139分)の2枚組で構成されていて、
24ページに及ぶ豪華カラー・ブックレットまで付いている。
その上、ヴォーカル・テイクのマスターから取り出した
マーヴィンのアカペラ音源がDVDに収録されていたり、
ベルギーのオステンドで行われた
1981年のライヴ映像が単独で10曲も収められているので、
ファンにとっては必携だ。

一番最初に入っていた映像は1964年の『ヒッチ・ハイク』。
「アメリカン・バンドスタンド」という番組で歌った時のものだが、
マーヴィンの服装は地味で動きもぎこちなく、
いわゆる駆け出しの新人といった感じ。
ところが、次にいきなり
1977年4月に収録された「ダイナー」でのインタビュー映像が映り、
これが同一人物かと思うくらいマーヴィンの表情はセクシーだった。
深緑のシャツの上に純白のジャケットを着て、
襟にはふじ色のブーケを付けている。
隣りにいたゲストの女性がうっとりと彼を見つめていた。

この頃は、アンナとの離婚がようやく成立した時期であり、
3月には「Live ! At The London Palladium/
ライヴ!アット・ザ・ロンドン・パラディアム」がリリースされたばかり。
そしてこの年の10月、ようやくマーヴィンは4年越しの愛人、
ジャニス・ハンターとニューオリンズで密かに結婚式をあげる。
しかしジャニスの証言によると、
この結婚は金銭問題を緩和するための形式的なものであり、
すでに二人の関係は破綻し始めていたらしい。

1981年、ベルギーのテレビ番組「フォーリーズ」で
『Heavy Love Affair/へヴィ・ラヴ・アフェア』を歌う場面も印象的だ。
この時マーヴィンは、
胸元と袖口に華やかなフリルをあしらった白いブラウスを着用し、
その上にウール地のシックなジャケットをまとっていた。
その着こなしが示す通り、内に秘めた激しさと
大人の男性が持つ落ち着きがパフォーマンスにも出ており、
立ち姿や仕草、ステップがとてもクールで素敵だった。
ハンマリングとスライドを駆使したベースラインもカッコいい。

このDVDに収められている映像の中で、とりわけ感動したシーンが二つある。
一つ目は、1967年「スィンギン・サウンズ・オブ・エクスポ’67」での
タミー・テレルとのデュエット映像だ。
最高の歌のカップル、マーヴィン&タミーが歌っている映像を
一度でいいから見てみたいとずっと思っていた。

至上のデュエットは、雨上がりの会場で
屋根しかない電話ボックスの中で行われていた。
曲目は『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』
ロング・ヘアーに水色の帽子をかぶったタミーの顔立ちはキュートで愛らしく、
マーヴィンはそんなタミーの隣りで嬉しそうに笑みを浮かべている。
唇を噛み締めたり、首を振りながらタミーを優しく見つめるその眼差しには
恋する男の純情があふれていて、何とも微笑ましい。
マーヴィンの身長は188cmなので、
彼がタミーの背中に腕を回すと彼女がすっぽり包まれて一体感が増し、
歌の中の恋人は永遠に離れないように思えた。

先月リリースされたばかりのDVD
「ホワッツ・ゴーイン・オン〜ライフ&デス・オブ・マーヴィン・ゲイ」
でも二人のデュエット映像が楽しめる。
こちらはスタジオで撮ったもので曲目も同じ。
たった1分しかない映像だが、
タンクトップを着て健康的に歌うタミーの横に立つマーヴィンは幸せそのもので、
マーヴィンがどれだけタミーに想いを寄せていたかは、
二つの映像を見る限り明らかだ。

オステンドのライヴでも、
「タミーを偲んで選曲したメドレーなんだ。
彼女に代わってお礼を言おう。どうぞ楽しんで」という言葉の後に
マーヴィンはしんみりとした様子でタミーが好きだった曲、
『イフ・ディス・ワールド・ワー・マイン』
『エイント・ナッシング・ライク・ザ・リアル・シング』
『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』
を歌ったのだ。
DVDのタイトル(「ザ・リアル・シング・イン・パフォーマンス 1964-1981」)は、
もちろん『エイント・ナッシング・ライク・ザ・リアル・シング』から取られたもの。

私はこの『エイント・ナッシング・ライク・ザ・リアル・シング/恋はまぼろし』が
二人のデュエット曲の中で一番好きである。
歌詞とメロディが親しみやすく、バックに流れるストリングスとフルートの
取り合わせが実に美しい。
最初のバースでマーヴィンが発する「no, no」は
ピュアな響きに満ちていて何度でも聴きたくなる。
二人の息の合ったハモリや掛け合いを聴いていると
ロマンチックな気分になって恋の喜びに浸ることができる。
マーヴィンが満面の笑みを浮かべてタミーと歌っている映像を見たら、
もう他の女性とデュエットしている彼の姿など見れなくなってしまう程だ。

もう一つ心に残った映像は、
1972年の「セイヴ・ザ・チルドレン」の会場で
マーヴィンがファンク・ブラザーズと一緒にピアノを弾きながら
『ホワッツ・ゴーイン・オン』と『ホワッツ・ハプニング・ブラザー』を
メドレーで歌うシーンである。
天才ベーシスト、ジェームス・ジェマーソンはマーヴィンの傍らに座って
素晴らしいベースラインを観衆に披露している。
二人の2ショット映像は私にとっては最高の贈り物で、
固唾を呑みながら彼らのパフォーマンスを堪能した。

演奏をバックにベトナム戦争の悲惨な映像や、
貧困と差別で苦しむアフリカン・アメリカンの憂い、
荒れ果てたシカゴのスラム街と店頭教会が映し出された。
この曲に込められたメッセージの重さを改めて考えさせられた瞬間でもある。
無意味な戦争で尊い命が虫けらのように失われていく惨状に対して
「いったいどうなっているのか」と世界に呼びかけ、
一方で、アフリカン・アメリカンが生まれた時から背負っている
深い哀しみや憤りを彼は音楽で代弁したのだった。
『ホワッツ・ゴーイン・オン』は歌詞、メロディ・ライン、
コーラス・ワーク、
構成、アレンジ、どれをとっても完璧で、
モータウン史上最高の、
そして後世に残る不朽の名作である。

マーヴィンはアルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」の制作に関して
1977年の「ダイナー」のインタビューで以下のように答えた。

「一般的な意見として書きたかった。何かを名指しで批判したりしない。
いろんな意味で貴重な経験だったと思う。
制作時の記憶はあまりない。神がかり的な状態だったんだ。
つまり・・・自分の内側から曲が自然に生まれてきた。
まるで別世界にいたかのような・・・とてもスピリチュアルな経験だった。」

マーヴィンはパートナーのタミーを病気で失ってから厭世的になり、
隠遁生活を送っていた。
ちょうどその頃アメリカでは不穏な空気が流れ社会不安が増大する。
ベトナム戦争に弟が従軍していたこともあって、
彼は社会問題により関心を抱くようになっていた。
時同じくして、マーヴィンはモータウンの中でもがいており、
「プロデューサーとして認められたい」
「人の指図を受けず自分の感性で音楽を作りたい」と思うようになる。
その後、弟が戦地から帰還して戦争の悲惨な状況をマーヴィンに話したため、
それが彼の才能、鋭い感性、強い自我と上手くドッキングして
この素晴らしいアルバムが生み出されたのだ。

初めてプロデュースしたアルバムが絶賛されたことにより、
以後、マーヴィンは自分の素直な感情を音楽に託して発信するようになる。
次のアルバム「レッツ・ゲット・イット・オン」では
性愛を大胆に取り上げ、リスナーの度肝を抜いた。
いかに心の底から湧きあがってくる感情を巧みにかつ自然に表現できるか。
マーヴィンのアーティスト魂と卓越したパフォーマンスは、
どんなに時が流れようと決して色褪せることはないだろう。


★自分は聖人だと言うつもりはない。
修道士の振りもしない。
僕は僕以外の誰でもないし、
一個人としての自分の感情を表現すべきだと思っている。
アーティストとしての魂をね。
自分にとっての人生を表現したいんだ。
セックスも人生の大切な一部分だ。
あまり人前で話題にしないしその方がいいと思われている。
でも僕は歌にしたかった。仕上がりには満足している。
宗教的な観点は、牧師である父の影響を受けている。
神と共に生きてきたし、僕は神に詳しいんだ。
偽善者と言われそうだが、僕はとても信心深いんだ。
セックスも宗教も議論を呼ぶ問題だが、きちんと扱えば人の心に届く。

<マーヴィン・ゲイ/1981年、ベルギーに滞在中、
『レッツ・ゲット・イット・オン』についてインタビューされた時>



『Ain't Nothing Like The Real Thing / 恋はまぼろし』
          Music & Lyric by Nick Ashford & Valerie Simpson


Oh baby
Ain't nothing like the real thing, baby
Ain't nothing like the real thing, no no
Ain't nothing like the real thing, baby
Ain't nothing like the real thing, oh honey

あぁ べイビー
本物の代わりなんかないよ
本物の代わりなんてないんだ ベイビー
本物の代わりなんかないんだよ ハニー 

I've got your picture hanging on the wall
But it can't see or come to me
When I call your name
I realize it's just a picture in a frame

あなたの写真が壁に飾ってあるけど
そばに来て語りかけてはくれないわ
名前を呼んだ時 
フレームの中にいるあなたは本物じゃないって気がつくの

I read your letters when you're not near
But they don't move me and they don't groove me
Like when I hear your sweet voice
Whispering in my ear

君がくれた手紙を読んでも
心が動かない ちっとも気分がのらないよ
君の優しい声が耳元で囁く時のようにはね

Don't you know

わかってるよね

Ain't nothing like the real thing, baby
Ain't nothing like the real thing

ベイビー 本物の代わりなんてないんだ
本物の代わりなんかね

I play my game of fantasy
And I pretend but I know in reality
I need the shelter of your arms
To comfort me

いろいろ空想してみては
何かになったつもりになるけど
現実は違うってことぐらいわかってる
私を勇気づけ 守ってくれるあなたが必要なの

No other sound
Is quite the same as your name
No touch can do half as much
To make me feel better
So let's stay together

君の名前ほど素晴らしい響きはないよ
君に触れられている時が一番幸せさ
だから一緒にいよう

I've got the memories to look back on
And though they help me when you're gone
I'm well aware
Nothing can take the place of your being there

僕には懐かしい思い出があって
君がいないときはそれに浸れるけど
僕はちゃんとわかってる
君の代わりになるものなんてないってことを

Oh so glad we've got the real thing, baby
So glad we've got the real thing, oh honey
Oh Marvin 

Ain't nothing like the real thing, baby
Oh darling, ain't nothing like the real thing
Talk to me
Ain't nothing like the real thing, baby
Ain't nothing like the real thing

あぁ 本当に嬉しいよ ベイビー
僕たちは今 本物を手にしているんだ 
これこそ本物なんだよ ハニー
あぁ マーヴィン  

ベイビー 本物の代わりなんかないんだ
ダーリン 本物の代わりなんてないんだよ
本物の代わりなんてないんだね
                                        訳:Kaori

<06・9・16>