マーヴィン・ゲイD〜『レッツ・ゲット・イット・オン』


ドキュメンタリー「マーヴィン・ゲイの真実」の終盤で
マーヴィンが濃紺のパジャマの上にガウンを着て
『セクシャル・ヒーリング』を歌う場面がある。
これは彼にとって最後のツアーとなった
アメリカでのライヴ(1983年)から抜粋された映像だ。
ステージが薄暗く、画像が鮮明でないという事もあるだろうが、
マーヴィンの表情は厭世的で、精彩を欠いていた。
弟のフランキーは
「兄の人生においてこの時期は最も深刻な時期だった。」
とため息混じりに振りかえる。

マーヴィンは、
「落ち込んだ時は君からのセクシャルな癒しが必要なんだ」
とハスキーな声で訴えるように歌いながらガウンを脱ぎ、
上着のボタンをゆっくり外していく。
そして彼の上半身が露わになり、スポットライトに照らされるわけだが、
その瞬間、私は一抹の悲しさを覚えた。
筋肉は張りを失い、肉体が放つオーラはどんよりとして、
灰色に感じられたからだ。
それでも本人は笑みを浮かべながら過激なパフォーマンスを続ける。

確かに腰の動かし方はセクシャルで、芸術の域に達していると思われたが、
私の心は逆に冷めていった。
途中、頭を抱えるシーンがあり、その直後マーヴィンはズボンの紐を解こうとする。
その途端、思わず心の中で呟いてしまった。
「あぁ 可愛そうに・・・・」
精神的に崖っぷちに立たされていることは明らかだった。
『セクシャル・ヒーリング』のライヴ風景はマーヴィンのシャウトで終わり、
ストーリーは最終章へ。

このドキュメンタリーは家族や音楽関係者へのインタビューがメインだったため
合間に挟まれているライヴ映像はどれも途中でカットされていた。
そのため彼のパフォーマンスを堪能するまでには至らず、
本編を観終った時、スターとしてのマーヴィンの魅力よりも
彼の人生に対する哀しみと憐れみの感情で私の心は一杯になっていた。

やるせない気持ちのまま、プログラムに目を落とす。
すると、ボーナス・トラックのところに
『Let's Get It On / レッツ・ゲット・イット・オン』と書かれていたので、
この曲がタイトルになっているアルバムジャケットを「Music Life」の中で
紹介してくださったBluemoonさんの言葉をにわかに思い出した。
「そういえばこの曲、まだ聴いていなかったわ・・・。
やっと聴ける!でもこのタイトルってどんな意味なの?」

1973年6月、シングル・リリースされた『レッツ・ゲット・イット・オン』は
ポップ、R&Bチャートの両方で1位になった。
8月にリリースされたアルバムも全米アルバム・チャートで第2位に急上昇。

ボーナスとして入っていた20分程のライヴ映像は
1976年、オランダ・アムステルダムで収録された
ライヴ映像からの抜粋だとわかる。
このライヴのタイトルは「Greatest hits live in '76」

そしていきなり始まったのだ。メロウなギターの音色と共に。
マーヴィンは黄色いシャツの上にエメラルド・グリーンの蝶ネクタイをし、
ゼブラ柄の光沢が入った明るいグリーンのベストを着て、
その上にコバルト・グリーンのチョーク・ストライプが入った白の背広を着用。
ズボンの生地はストライプと同色で、
腰から膝までのラインがクッキリ浮き出る程、足にフィットしている。
ピーターパンの世界を連想させるような服のセンスに
少々苦笑しながら彼のステージを観始めた。

マーヴィンは曲の中で七色の声を出しながら、
それらを意識的に使い分けていた。
懇願するようなファルセットで呼びかけたかと思えば、
甘く優しい地声で相手を誘い、感極まってくるとシャウトする。

そのうちだんだん胸がドキドキしてきた。

私は今までミュージシャンの体型を一切気にしたことなどなかったが、
画面に大きく映し出されたマーヴィンの姿を見ているうちに
「この人は背が190cmぐらいあるかもしれない・・・。
まるでアメリカン・フット・ボールの選手みたいだ。」
と初めて「がたい」の良さに注目したのである。
固定カメラがドラムの後ろに設置されているため、
マーヴィンの後ろ姿が幾度となく映し出される。

広い背中、厚い胸板、大きい手、逞しい太腿からは
官能のオーラがまばゆいばかりに発散されていた。
体格がいいから官能的なのではない。
若さではじけそうな身体から泉のごとく涌き出てくる愛への渇望。
それが彼のルックスや雰囲気、身のこなしをセクシーなものしていた。

「もう長い間、この気持ちを抑えてきたんだ。
大丈夫だよ。僕と一緒にいることはちっとも悪くない。
もし君も僕と同じ気持ちなら
さあ、そばにおいで。  愛してるんだ。
レッツ・ゲット・イット・オン・・・」

そう歌いながら、
マーヴィンは至福の時を味わっているかのような笑みを浮かべた。
それは、欲しかったおもちゃをやっと手にした時の
子供の無邪気な笑顔に似ていて、母性本能を強く揺さぶってくる。

マーヴィンのダンスは一種独特で、
テンプテーションズのようにお決まりのポーズや
華やかな動きがあるわけではない。
しかし、なぜか彼のダンスに釘付けになってしまう。
女性のように優しくなめらかに腰をくねらせたかと思えば、
野性的で雄々しいジェスチャーを入れて男っぽさを強調し、
クジャクが羽を広げるように両手を広げて求愛する。
タイミングが恐ろしい程素晴らしいため、ここぞという時に
ガッと感情を込めた身振りを見せてくれる。

「目は口ほどにものを言う」とはよく言ったものだが、
マーヴィンのウェットで寂しげな眼差しは絶えず愛を求め、
「神様お恵みを!」という祈りまで捧げているように見えた。
彼は情熱や懇願、寂しさ、心細さ、欲求、おねだりなどの感情を
瞳や声に込めながら歌うことができるのだ。

まさしく声と身体、眼差しが三位一体となって愛を語り、
彼のセックス・アピールの凄さにただただ呆然とするばかりだった。

曲のメロディ・ラインやテンポも詩の内容に合っていて、
何とも言えないホットな気持ちにさせられる。
ミドル・テンポのリラックスした8ビートは女性の警戒心を解き、
柔らかいメロディ・ラインは甘美なムードを演出。
そこにマーヴィンの媚薬めいた歌声が重なるため
『レッツ・ゲット・イット・オン』はますます聴衆に
スウィートで官能的な性愛の世界をアピールすることになるわけだ。

曲のラストで、マーヴィンはタイを外して上着を脱ぎ
シャツのボタンに手をかける。
場内からはそれを促す拍手と女性の嬌声が一気に湧き起こった。
マーヴィンは熱いレスポンスに応えるかのようにステージを左右に歩きながら
オ−バー・アクションであふれる愛を全身で表現した。
そして「・・・ゆっくり明かりを消そう」という言葉で辺りが暗くなり曲が終了。

今まで様々なアーティストのパーフォマンスを観てきたが、
ここまで赤裸々で熱気を帯びたパフォーマンスを観たことがなかったので、
正直言って目から鱗が落ちる程ショックを受けた。
冷静に分析するならば、
この曲は欲しい女性を口説くためのバイブルとなりうる。
しかし、そういったマイナスのイメージを払拭するほど
マーヴィンのパフォーマンスは真剣で魅力的なものだった。

続く『ホワッツ・ゴーイン・オン』では、
神妙な表情を浮かべながら落ち着いた雰囲気で歌い始めるマーヴィン。
リズムを崩すことなく歌詞の合間で「サンキュー!」とタイミング良く言ったので、
彼の天才的なリズム感に改めて敬服した。
この曲を歌っている時のマーヴィンの視線の送り方は
エルヴィスのデビュー当時の視線を彷彿とさせるもので、
エルヴィス自身は彼のアイドルの一人、
ジャッキー・ウィルソンからそうした表現のテクニックを
学んだものと推測される。

ブラックの世界では、アイ・コンタクトが重要な役割を果たしている。
多様な感情を瞳の奥で表現しながら相手の目をじっと見つめ、
お互いの気持ちを探リ合う。
まさに彼らは「Feel/フィールの世界」に生きていると言えるのかもしれない。
五感を通して魂が感じたものは、
すぐさま言葉や歌、パフォーマンスとしてストレートに表現されていく。

マーヴィンが生涯、音楽を通してよどみなく表現し続けたものは
愛とセックスであり、それは彼にとって大切なヒーリングでもあった。
だからこそ彼のパフォーマンスはどこか神聖な感じがする。
身体で愛し合うことがどんなに素晴らしいことなのか、
きっとそんな二人を神や天使は祝福するにちがいないと
マーヴィンは『レッツ・ゲット・イット・オン』で伝えたかったのだ。


★ずっと前から(僕たちは)仲のいい友達だったんだが、
ある時エドが来て"レッツ・ゲット・イット・オン"という歌を思いついた、
と言うんだ。
その瞬間に、と言うか、本能的に"レッツ・ゲット・イット・オン"
という言葉を聞いただけで、これは行けるぞと思った。
それからエドは腰を下ろしてそのメロディを弾いてくれたんだが、
きれいなメロディだと思った。それで僕が歌詞を付けたら、うまく合ったんだ。
あれが乱交を提唱するものになると困るんだが。
僕のレコードは真面目なもので、歌っている内容は真面目に扱うべきだと
考えるようにした。乱交や卑猥さを歌うんじゃなく。
しかし、僕にはいっさいの制約や制限はないんだ。命令されることはできない。
どういう曲をリリースするかなんて言われることはないよ。
僕は自分の魂が自分に命じる曲を出さなければならない。
<マーヴィン・ゲイ>



『Let's Get It On / レッツ・ゲット・イット・オン』
                  Written by Marvin Gaye and Ed Townsend in 1973


I've been really tryin', baby
Tryin' to hold back this feelin' for so long
And if you feel like I feel, baby
Then come on, oh, come on
Whoo, let's get it on
Ah, babe, let's get it on
Let's love, baby
Let's get it on, sugar
Let's get it on
Whoo-ooh-ooh

長い間ずっとこの気持ちを抑えてきたんだ
もし君が僕と同じ気持ちなら
ここへおいで そばに来てくれないか
肌と肌を重ねて愛し合おう
ベイビー 愛してるんだ
さぁ 身体で愛を確かめ合おうよ

We're all sensitive people
With so much to give
Understand me, sugar
Since we got to be
Let's live
I love you

僕らはお互いに思いやれる感じやすい人間なんだ
僕の気持ちをわかってほしい
さぁ 一緒に時を分かち合おう 
愛してるよ

There's nothin' wrong
With me lovin' you
Baby, no, no
And givin' yourself to me can never be wrong
If the love is true
Oh, babe, ooh, ooh

君を愛している僕と一緒にいて
何が悪いの?
ベイビー そんなことはないよ
君が僕のものになることもね
愛が本物なら 大丈夫だよ ベイビー 

Don't you know
How sweet and wonderful life can be?
Whoo-ooh
I'm askin' you, baby
To get it on with me
Ooh, ooh, ooh

人生がどんなにうっとりした素晴らしいものになるか
わかってるよね?
お願いだ ベイビー 
一緒に愛を分かち合おう

I ain't gonna worry, I ain't gonna push
Won't push you, baby
So come on, come on, come on, come on, come on, baby
Stop beatin' 'round the bush, hey

心配いらないよ 優しくするから
きっと優しくするよ
だから ここへおいで そばに来て欲しいんだ 
ベイビー ためらわないで 

Let's get it on, ooh, ooh
Let's get it on
You know what I'm talkin' 'bout
Come on, baby, hey, hey
Let your love come out
If you believe in love
Let's get it on, ooh, ooh
Let's get it on, baby
This minute, oh yeah
Let's get it on
Please, please, get it on
Hey, hey

さぁ 心ゆくまで愛し合おう  
わかってるよね?
さぁ おいで ベイビー
君の愛をあふれさせてくれ
もしも愛の存在を信じているなら
二人で愛し合おう 今この瞬間を
お願いだ 一緒に愛し合おうよ 

I know you know
What I've been dreamin' of
Don't you, baby?
My whole body is in love
Whoo

わかってるよね ベイビー
夢にまで見ていたんだってことを
僕の身体は君への愛で一杯だ

I ain't gonna worry, no, I ain't gonna push
I won't push you, baby, whoo
Come on, come on, come on, come on, come on, darlin'
Stop beatin' 'round the bush, hey

心配いらないよ 優しくするから
きっと優しくするよ
さぁ おいで そばに来て
ダーリン ためらわないで

Gonna get it on
Beggin' you, baby, I want to get it on
You don't have to worry that it's wrong
If the spirit moves you, let me groove you good
Let your love come down
Oh, get it on, come on, baby

一緒に愛し合おうよ
頼むから ベイビー
肌と肌を重ねて愛し合いたいんだ 
大丈夫だよ 何も悪いことなんてない
君の気持ちが高まったら
最高の気分にさせてあげるよ
さぁ 愛を注いでくれ
愛し合おう一緒に そばにおいで ベイビー 

Do you know I mean it?
I've been sanctified
Hey, hey
Girl, you give me good feelings, so good

何を言いたいかわかってるよね?
清らかな気持ちになってるんだ
ねぇ いい気分にさせてくれないか 

Nothin' wrong with love
If you want to love me
Just let yourself go
Oh, baby
Let's get it on

愛があるから悪いことなんて何もない
もし君が僕を愛したいなら
さぁ 飛び込んでおいで
ベイビー 身体で愛を確かめ合おうよ 

                                          訳:Kaori

<06・7・1>