マーヴィン・ゲイ@〜with タミー・テレル


ノガッチさんが2004年の11月、
「Music Life」の中で紹介してくださったある曲を、私はずっと気にかけていた。
「ワタシが世界一好きな曲です。愛の崇高さに打ちフルエて泣きながら踊れます。」
というドキッとするような歌い文句に、
そんなに素敵な曲だったら聴かないわけにはいかないと強く思っていたからだ。
それはマーヴィン・ゲイとタミー・テレルがデュエットした曲
『Ain't No Mountain High Enough/エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』
のことである。

昨年の夏、たまたま行き付けの図書館に行った時、
ノガッチさんのそんな熱い言葉がふと甦ってきた。
「もしかしたらあるかもしれない・・・」と思って検索したところ
マーヴィン・ゲイのCDは20枚程在庫があり、
その中に「2 ALL TIME  GREAT CLASSIC ALBUMS」と
題されたマーヴィン・ゲイとタミー・テレル、そしてダイアナ・ロスとの
有名なデュエット曲だけを集めたアルバムがあることがわかった。
『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』が収録されている事を確かめてから、
マーヴィンの代表作『What's Going On』のアルバムと共に貸出の手続きを行う。
アルバム『Let's Get It On』も借りたかったが、
貸出中だったので、その場で予約を入れた。

マーヴィン・ゲイの名前を初めて耳にしたのは高校生の頃だったと思う。
でも「多くの女性を魅了したソウル・シンガー」という情報しか知らなくて
BGMとしてどこかで聴いたことはあるものの、
彼の音楽をじっくり聴いたことはなかった。

ジャケット写真に収まってるマーヴィンを見てもピンとこなかったので、
やはり音楽に耳を傾けるところから始めないといけないと思い、
2曲目に収録されている
『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』から聴き始めた。

ドラムのフィル・インから始まり、メルヘンチックな鉄琴の音が鳴るイントロに、
マーヴィンの声がワンテンポ早く入ってくる。
誓いの言葉を互いに交わしながら徐々に愛が高まっていき、
「Oh, no darling」というマーヴィンの感極まった呼びかけ以降、
二人の愛は盛り上がりっぱなしという状態でフェード・アウトへ。

歌だけではなく、バック・サウンドも素晴らしい。
ドラムとベースのコンビネーションは絶妙で、
ベース音の心地よい動きやバス・ドラムとのユニゾン音は
間違いなくこの曲に活気をもたらしている。
「モコモコした音のベースは誰が弾いているのだろうか。
ポール・マッカートニーは絶対このベーシストの影響を受けているはずだ」
と考えながら聴いていた。

二度目のサビあたりからドラムとベース、タンバリンが
二人の燃えるような愛のユニゾンを後ろから盛り立て、
ノガッチさんがおっしゃるところの
「愛の崇高さに打ちフルエて泣きながら踊れます。」
といった心境にリスナーは陥るのだ。
私は現実を忘れて、二人の愛の世界にしばし想いを馳せた。

マーヴィンの歌声は臨場感にあふれ、
愛に対する真剣さや誠実さが巧みに表現されている。
声の発し方やフレージングが非常にセクシャルで、
男っぽい面とナイーヴな面を両方感じさせる歌い方だ。

一方、タミー・テレルの声は活き活きとし、
どんなことをしてでも愛を貫くわと言わんばかりの勢いがある。
彼女の声の放ち方はダイナミックでメリハリがあり、
女性ヴォーカル特有の艶っぽさも持ち合わせていて、
それがマーヴィンの力強くセクシーな歌声と上手く重なり合っていた。
彼がラヴ・ソングの中で演じている男性像は
繊細で思いやりに富み、君だけを愛してやまない、
どんな時でも君を支えるよといった優しく従順な男なのである。

『Ain't Nothing Like The Real Thing/恋はまぼろし』も
明るく温かみのある名曲で、
フルートの音色が若い二人の恋に平和的な色合いを添えている。
『If This World Were Mine/イフ・ジス・ワールド・ワー・マイン』は
マーヴィンが作った曲で、恋人を幸せにしてあげたいという想いが
優しく綴られていた。

少しずつ聴いていくうちに、
マーヴィンがかなりの頻度で使うある言葉が耳に残って離れなくなる。
それは「ダーリン」とか「ベイビー」「ハニー」といった
愛する女性に対する呼びかけの言葉。
マーヴィン・ゲイという人は、「愛しくてたまならない」という想いを100%、
この「ベイビー」や「ダーリン」という言葉に託して、相手に伝えることができる。
今までこんなタイプのアーティストに接したことはない。
特に「ベイビー」の「ビー」にアクセントを置いて、心を込めながら
甘く誘うように言うので、聞いている女性は必ずそこに何かを感じるはずだ。

英語における「Darling/ダーリン」や「Baby/ベイビー」
「Sugar/シュガー」「Honey/ハニー」に相当する言葉は日本語にない。
これらの言葉は、特にアメリカで頻繁に使われている。
他に「My Everything/マイ・エヴリシング」、「My Lovely/マイ・ラヴリー」
「My Angel/マイ・エンジェル」、「My Sweet Heart/マイ・スイート・ハート」
「My Sun Shine/マイ・サン・シャイン」など数多くあり、
こうした甘い言葉を男性が使って女性の気持ちを惹く一方で、
男性もその語感に酔いしれながら自分をエキサイトさせるのだと
アメリカ人の知り合いが教えてくれた。

デュエット曲を聴き終え、ライナー・ノーツを手にとった瞬間、
裏表紙にあったマーヴィンとダイアナ・ロスの写真に目が行く。
口のまわりから顎にかけて一面に髭が生えていて、
60年代のマーヴィンとは別人だ。
彼の眼差しは奥深く内省的な優しさに包まれていたので、
思わず吸い込まれるようにして見てしまった。

マーヴィンが所属していたレコード・レーベルはデトロイトにあった
(タムラ)モータウンという会社で、彼がデュオを組んだ女性は
1964年のメリー・ウェルズ、次にキム・ウェストン、そして
67年からタミー・テレル、73年のダイアナ・ロスという順番になるらしい。
タミーはマーヴィンとデュオを組んだ事で人気を呼び、彼女の評価は高まったが、
70年3月16日、24歳の若さで亡くなってしまったと書かれていた。

その悲しい結末に、どういう理由があったのかネットで調べてみると
驚くべき事実が判明。
何とタミーは以前、ジェームズ・ブラウンとも仕事を一緒にやっていて
恋仲だった事もわかり、その後付き合ったボクサーや
テンプテーションズのデヴィッド・ラフィンなど、3人のボーイ・フレンドは
皆タミーに対して暴力的だったという。

タミーがマーヴィンと出会って、初めて一緒に歌うことになった曲が
『エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ』だった。
その時タミーは練習不足でとても神経質になっていたため、
マーヴィンは、彼女が心地よく歌えるように心を砕いたらしい。
マーヴィンは歌の中だけではなく、デュエット・パートナーに
対してもバック・アップを惜しまなかった。
この曲はポップ・チャート19位、R&Bチャート3位まで上昇する。

ところが、1967年ヴァージニア州の大学で二人がステージに上がり、
『Your Precious Love/ユア・プレシャス・ラヴ』を歌い終わった瞬間、
タミーは失神するようにマーヴィンの腕の中に倒れ込む。
そのまま彼女は病院に担ぎ込まれ、脳腫瘍と診断された。
タミーは度重なる大手術や苦しい闘病生活にも耐え、
マーヴィンとの曲を収録するために、命がけでスタジオに通ったらしい。
そんな彼女の気丈な振る舞いを見て、
マーヴィンが心を動かさないはずはない。

マーヴィンはタミーが亡くなってしばらくした後、
彼の自叙伝を手がけたデヴィッド・リッツに、
「タミーとの最後のアルバムに収められている曲のうち、
いくつかは病気で歌えない彼女に代わって
(曲を作った)ヴァレリー・シンプソンが歌ったんだ。
僕はずっと罪の意識にさいなまれていた」と告白したのである。

タミー・テレルの名前でクレジットされている曲なのに、
歌っているのはタミー本人ではないという仰天の事実に
私は驚きを禁じえなかった。
その歌は「2 ALL TIME  GREAT CLASSIC ALBUMS」にも収録されていて、
『Good Lovin' Ain't Easy To Come By/グッド・ラヴィン』や
『The Onion Song/オニオン・ソング』
『What You Gave Me/ ホワット・ユー・ゲイヴ・ミー』だとわかる。
最初これらの歌を聴いた時、タミーの声が何となく上ずっていて
不安定な印象を受けたが、アクセントの置き方や声質も似ていたので、
ダミーだとは気づかず聴いていた。
タミーはこの事態をいったいどのような気持ちで受け止めたのだろうか。

マーヴィン・ゲイとタミー・テレル
二人は私生活でも愛を紡いでいたのかと想像したが、
どうやらそれはなかったらしい。
マーヴィンはキュートでしっかり者のタミーに恋愛感情を抱いていたが、
あいにくタミーの心はマーヴィンになかったのである。
しかし、スタジオ内で声を張り上げ、歌の中で恋人同士を演じている時、
二人の心は通じ合い、本物の愛を語ることができた


マーヴィンはタミーと一緒に歌った曲、それもタミーが愛してやまなかった曲を
70年以降のライヴで度々取り上げた。
「僕が心から愛していた女性」と紹介しながら・・・。
手に入れたくても、入れることができなかった愛する女性を
マーヴィンは生涯忘れることができなかったのだ。
永遠の愛を誓う二人の歌声は、せつなくも至上のものとして
私の心に響いてくる。


★タミーとリハーサルしたら、その声がいっぺんに気に入ってしまった。
それに僕の歌のスタイルとぴったり合うんだよ。あれはうれしかったね。
タミーはすごくきれいだった。ほれぼれしたよ。
独特なスタイルと歌い方を持っていた・・・
僕は彼女と一緒に仕事をしたいと思った。彼女が気に入ったからね。
美人で親切だったな。優しくてあったかくて、かわいかったが、
人に誤解もされた。
うん、彼女と仕事をするのは楽しかったよ。
<マーヴィン・ゲイ>  



AIN'T NO MOUNTAIN HIGH ENOUGH / エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ
     song written by Nickolas Ashford and Valerie Simpson in 1966


Listen, baby
Ain't no mountain high
Ain't no vally low
Ain't no river wide enough, baby

聞いてよ、ベイビー
どんなに高い山も どんなに深い谷も
どんなに広い川も 平気だよ

If you need me, call me
No matter where you are
No matter how far

私が必要ならいつでも呼んで
あなたがどこにいようと
どんなに遠くても 必ず行くわ

Don't worry baby

心配いらないよ、ベイビー

Just call out my name
I'll be there in a hurry
You don't have to worry

私の名前を叫んで
そこへ飛んでいくわ
大丈夫だから

'Cause baby,
There ain't no mountain high enough
Ain't no valley low enough
Ain't no river wide enough
To keep me from getting to you babe

そうだよ
僕達の前にはだかる高い山なんてない
どんなに深い谷や 広い川でも
僕らは飛び越えて 会うことができるんだ

Remember the day
I set you free
I told you
You could always count on me, darling
From that day on I made a vow
I'll be there when you want me
Some way, some how

君と別れた日を思い出して
僕は言ったね
君にはいつでも僕がついていると
あの日 僕は誓ったんだ
君が望めば僕はどんな事をしてでも
君のところに行く

'Cause baby,
There ain't no mountain high enough
Ain't no valley low enough
Ain't no river wide enough
To keep me from getting to you babe

そうだよ
僕達の前にはだかる高い山なんてない
どんなに深い谷や 広い川でも
僕らは飛び越えて 会うことができるんだ

Oh, no darling

愛しているよ、ダーリン

No wind, no rain
Or winters cold
Can’t stop me baby

どんなに強い風が吹き 雨が降ろうと
凍てつく冬の寒さも 
私をひき止めることはできない

No no baby

この気持ちを抑えられないよ、ベイビー

Cause you are my goal

あなたは私の大切な居場所だから

If you're ever in trouble
I'll be there on the double
Just send for me oh baby

もしも君が辛い目に合っていたら
僕はすぐに飛んでいく
必ず僕を呼んでくれ

My love is alive
Way down in my heart
Although we are miles apart

私の愛は永遠よ
心から愛しているわ
どんなに私達が離れていても

If you ever need a helping hand
I'll be there on the double
As fast as I can

もしも助けが必要なら
僕はできるだけ早く
君の元に飛んでいく

Don't you know that
There ain't no mountain high enough
Ain't no valley low enough
Ain't no river wide enough
To keep me from getting to you babe

わかっているよね
僕らの行く手を阻む高い山なんてないんだ
どんなに深い谷や どんなに広い川も
僕らは飛び越えて 会うことができるんだ

Don't you know that
There ain't no mountain high enough
Ain't no valley low enough
Ain't no river wide enough

わかっているよね
僕らの行く手を阻む高い山や
深い谷 広い川なんてないんだ

                                         訳:Kaori

<06・3・10>




































































Marvin & Diana
 






























Tammi Terrell





























































Marvin & Tammi