サム・クックA 〜ジャンルを越えて


サム・クックの「ハーレム・スクエア・ライヴ」を聴いた翌日、
私は、なぜこんなにも素晴らしいシンガーが若くして
この世を去らなければならなかったのかということを
しきりと考えるようになった。

サム・クックが人気絶頂のさなか33歳で射殺されてしまったことは
周知の事実だが、私はその理由を知らないままでいた。
すぐにアメリカのサイトで謎の死を調べたところ、
信じられないような陰謀とも思える事柄が記されており愕然とする。

キラキラと輝く人間の命がこんなにもあっけなく
愚かな人間の行為によって消し去られてしまうものなのか・・・。
サムの不可解な最期を知って、
悔しさと悲しみ、そして怒りがふつふつと込み上げてきた。

「なぜ?」という思いを胸に秘めながら、
「ハーレム・スクエア・ライヴ」を聴き続ける。

サムのベスト盤やライヴ盤以外の音源も聴いてみたいという気持ちが
心の中に頭をもたげ始めるのに、そう時間はかからなかった。

後押しされるがごとく近所の図書館に出かけ
「サム・クック」という名前を検索してみると、
幸いにも以下の7枚のCDが貸し出し可能であることが判明する。

「Sam Cooke Live at The Harlem Square Club」
「The Two Sides of Sam Cooke」「The Man And His Music」
「Golden Hit 25」「Greatest Hits」
「The Essential Sam Cooke」「The Rhythm & The Blues」

サムのCDがこれほどたくさん図書館にあったことは
本当にラッキーだった。
「ハーレム・スクエア・ライヴ」の音源も含めた
全てのCDを借りることにした。

借りる必要のないライヴ盤をなぜ借りたかというと、
ライナー・ノーツにどのような解説が書いてあるか
読んでみたかったからだ。

受付の女性が書庫にしまってあるサムのCDを
いくつか抱えて姿を現した時、私はワクワクしていた。
貸し出しの手続きが終わるやいなや
真っ先に「ライヴ盤」のケースを開けた。
ところが、ガランとしていて何も入っていない。

「まさか・・・」と思って即座にケースの表を確認したら
「解説書なし」の文字。
落胆しつつ他のCDケースの中身も調べたら
ライナー・ノーツが入っていないCDの方が多かった。
解説書の一部が破られてなくなっているものもあり、
ようやく「音源が聴けるだけでもありがたい」
という諦めにも似た境地に達したのである。

意味深なタイトルとジャケットの絵に引かれ
帰宅してすぐ聴いたのは「The Two sides of Sam Cooke」だった。
サムの顔は、まるで多様な人格を持つ人間であるかのよう描かれている。

音源を聴きながら解説書を読むと、
サムはポップスに転向する前は、
人気ゴスペル・グループ「ソウル・スターラーズ」のリード・テナーとして
大活躍していたことがわかる。

若々しく澄んだサムの声はメンバーの中でも異彩を放ち、
力強くグイグイとメロディー・ラインを引っ張っていく。
特に『Jesus Gave Me Water』の歌いまわしは素晴らしい。

サムは一つ一つの言葉をハッキリと発音し、
それをなめらかにつなげて、のびやかに歌う。
声質はよどみがなく非常にブライトであるが、
その反面、心の琴線に触れるせつなさやはかなさといった
響きも合わせ持っている。

サムがゴスペルを歌う時、
声の雰囲気はポップスを歌っている時のそれとは明らかに違った。
「ハーレム・スクエア・ライヴ」の時に発していたシャウトと同じものを
彼のゴスペル・ソングの中で聴くことができた。

7番目の曲『I'll Come Running Back To You』から
いきなりガラリと変わったサムの歌声が流れてくる。
もちろん歌の上手さや魅力に変わりはないのだが、
何ともいえない「色」がそこに付加されているのだ。
ワイルドなシャウトとは無縁の
甘くセクシーな雰囲気が前面に押し出されている。

『That's All I Need To Know』の「love me・・・」という歌詞のところで、
サムは「ve」と「me」の音を鼻にかけてこもらせながら歌っていた。
私はその時、ポール・マッカートニーの歌声を思い出した。
もしかしたらポールはサムの歌い方から何かを学んだのかもしれない。
ちょっとしたアクセントの置き方の工夫によって、
聴き慣れた言葉がグッと心に入ってくる瞬間がある。

サムのシンガーとしての二面性、
単にゴスペルやポップスの両方を歌えるというだけではなく、
それぞれの世界で彼はスーパースター的存在だったのだということを
このアルバムは教えてくれた。

「The Essential Sam Cooke」というアルバムは
サムのゴスペル時代の曲がかなり入っており聴き応え十分。
「The Man And His Music」も余すところなく彼の魅力を伝えており
初めてサム・クックを聴く方にはおすすめだ。

「The Rhythm & The Blues」では、ハウリン・ウルフが歌うような
アクの強いブルースをサムがカバーしていたので驚いた。
サムはブルースも好きだったのである!

このアルバムに収録されている音源を全て聴き終えた時、
私はサムが何かをしきりに抑えているような気がしてならなかった。
サムが「ハーレム・スクエア・クラブ」のような場所で
『Trouble Blues』や『Little Red Rooster』などのブルースを
何の気負いもなく歌ってくれたらどんなに最高だったか!

サムの歌を聴いていると、彼はジャンルという壁を取り払い、
それらを超越したシンガーになろうとしていたことが伝わってくる。

意志の強さを眼光にみなぎらせたサムのまなざしは、
歌を歌う時どのような表情を見せるのだろうか?
激しく身体を揺らしながら歌うのだろうか?
サムは一人の人間としていったい何を考えていたのだろうか?
様々な問いかけが次々と私の脳裏に浮かんできた。

迷うことなくサム・クックの「LEGEND」というDVDを購入。
・・・このDVDを観て、私は驚きを禁じえなかった。
サムが持っていた才能は音楽の才能だけではなかったからだ。
その上、サムが音楽と同じくらい興味を持っていたものが
私と一緒だったのである。
それを知った時、サムの心がスッと私のそばに降りてくるような
感覚を味わった。

<04・12・25>