愛する母の声
 

最近友人から、エルヴィスの貴重な音源を聴かせていただいた。
とりわけ心に残ったものは、自費録音盤からの4曲。
これらは「サンライズ」に収録されていて、長い間、幻の音源とされていたものだ。

最初の2曲は、「マイ・ハピネス」と「心のうずく時」
これはエルヴィスが初めてメンフィス・レコーディング・サーヴィスに出向き、
自ら4ドルを支払って録音したものである。
1953年7月、エルヴィスがこのスタジオを訪れた時、
社長のサム・フィリップスは不在で、
秘書のマリオン・キースカーが録音に立ち会った。
 
この時マリオンはエルヴィスに、「あなたはどんな歌を歌うの?」と聞いた。
エルヴィスは「何でも歌います。」と答え、
「誰に似ているの?」とマリオンが聞くと、
「僕の歌は誰にも似ていません。」と答えたらしい。
 
「I don't sound like nobody」とエルヴィスが口にしたこの言葉は、
私にとってはとても重い言葉だ。
 
私は小学校1年の頃から電子オルガンを習い、毎日のように音楽に接してきた。
そうした中、憧れつづけてきたものは、
「オリジナリティー」を感じてもらえるような演奏である。
自分にしか表現できない音や雰囲気をさがし求め、
あらゆる音楽に耳を傾けた。
多種多様な音楽を聴くことで、音の世界が広がる。
その中から自分の感性に合う部分を抜き出し、
それを融合させて表現できたら、どんなに素晴らしいことかといつも思ってきた。
 
だから、エルヴィスが「誰にも似ていない」とはっきり言ったこの言葉は、
私の胸にとても強く響いたのである。
そんなことを考えながら聴いた。

エルヴィスは持参したアコースティック・ギターを静かにつまびきながら、
気負うことなくゆったりとした心持ちで歌う。
粘りのある甘くせつない歌声の中に、
少年時代のあどけない声質がまだ残っている。
出来上がったレコードを、エルヴィスは同級生のエド・リークと一緒に聴き、
その後、家に持って帰らなかったようだ。
この記念すべきアセテート盤は、35年後の1988年に、エド・リークの家で発見された。
 
録音を担当したマリオンは、エルヴィスのバラードを聴いた時、
何か惹きつけられるものを感じ、
密かに音源をコピーしてサム・フィリップスに聴かせている。
そしてことあるごとに「彼をつかってあげたら」とサムに進言しているので、
エルヴィス登場にマリオンが果たした役割も大きい。
 
続く2曲は、1954年1月、サムのもとで再び自費録音した
「アイル・ネヴァー・スタンド・イン・ユア・ウェイ」と
「イット・ウドゥント・ビー・ザ・セイム・ウィズアウト・ユー」である。
エルヴィスの低音は魅力的だが、
高音域にも独特の柔らかさと優しさがあって心地良い。
まるで母親が歌う子守唄を聴いているかのようだ。
特に「イット・ウドゥント・ビー・ザ・セイム・ウィズアウト・ユー」のキーは高く、
一番高い音はF(1オクターブ上のファ)のあたり。
エルヴィスはこのサビにあたるメロディーを、
ほんの一瞬ファルセットを用いながら、優しく歌いあげている。

そう思った時、ファルセットで有名なフィリップ・ベイリーの言葉を思い出した。
 
「母親の話では、僕は話すより先に歌ってた。
女の人に囲まれて育ち、裏声とは知らず、周りの歌い方をまねてただけ。
クラブですごいファルセットだと言われても、何の事だかわからなかった・・・」
アース・ウィンド&ファイヤーのDVD「シャイニング・スターズ」の中で
フィリップはこう言っている。
 
そして、エルヴィスがお母さんと一緒に歌を歌っている様子が
目の前に浮かんできた。
 
18歳の少年の声に、すでに人を癒すことができるソウルフルな響きがある。
エルヴィスの歌声に宿っている安らぎや温かさは、
お母さんの歌声から受け継いだものではないかと思った。
生まれた時から耳にし、エルヴィスの心の片隅にいつも流れていたものは
愛するお母さんの歌声だったにちがいない。
母性に満ちた美しい母の声に合わせて、
幼い時から一緒に歌を歌ってきたエルヴィス。
愛情あふれる母の声が、エルヴィスの歌声の中に息づいているような気がする。
エルヴィスのオリジナリティーあふれる歌声の原点は、
安らぎを与えてくれた母親の声なのかもしれない。
 
エルヴィスと母親の結びつきは、誰にも理解できないものだったと思われる。
それはエルヴィスの母に対する言葉や、周りの人からの言葉からもうかがい知れる。
 
エルヴィスが紡ぎ出す音楽は、彼の一つしかない人生そのもの。
エルヴィスが愛した母、グラディスの歌声を聴いてみたいと思った。
 

★母の死はエルヴィスの人生最悪の時だ。
彼は母の死を信じられなかった。今も思い出す。
グレースランドに行き、玄関に入ると彼は階段に座り、大声で泣いていた。
<ゴードン・ストーカー>
 
★エルヴィスは棺の母にキスして言った。
「もしママが戻るなら金も今の地位も要らない」
エルヴィスほど母親を愛した男は知らないね。
<ジェームス・ブラックウッド>
 
★エルヴィスと母親の関係は特別で、極端に仲がよかった。
父親との仲とくらべると雲泥の差だった。
子供時代、彼は母親と手をつなぎ教会や学校へ一緒に出かけた。
彼は母の思い出を決して忘れず、母の死を乗り越えられなかった。
<ゴードン・ストーカー>
 
★ああ神様。私にとってのすべてがいってしまいました。
<エルヴィス・プレスリー/母の葬式で泣き叫びながら>
 
★わたしたちはあまり深い会話をかわしたことがなかったのですが、
エルヴィスはよく「ママはこの歌が好きだった」とか、
「ママはこの料理が好きだった」とか言っていました。
<パティ・ペイジ>
 
★南部に育った者は子供時代に違う人種と接する機会が多い。
我々の場合だとまずブルースがあったし、もちろんゴスペルも聴いた。
エルヴィスの場合も南部に暮らした事で様々な文化や音楽に
日々触れて育ったはずで、それが彼という人間を形作ったんだ。
<シャーマン・アンドラス>
 
<04・2・6>


グラディスが撮影したエルヴィス