「アメリカの祈り」


私はエルヴィスの映像ををきちんとした形で観るまでに、
さまざまな音楽を、ある程度聴いてきたつもりだ。
エルヴィスに出会った頃は黒人音楽ばかり聴いていた。
だからこそエルヴィスの歌に惹かれた。
その歌声、雰囲気に「ブルース」を感じたからだ。
でも、それまでたくさんのミュージシャンを観てきて感じなかったものを、
エルヴィスは持っていた。
それは、彼の声、身体から発散されている「色気」だった・・・
その後、エルヴィスを形容する言葉の一つとして、
よく使われる言葉が「セクシー」だということを知る。
「エルヴィスは地球上で最もセクシーな人」
と言ったのはブリトニー・スピアーズだ。

あのダイナミックな踊りは黒人がそれ以前にやっていたし、
私から見ればそれが「色気」と直結するものではない。
彼の天性の色気は「歌声」と「目」にあり、
パフォーマンスが加わることによって、それが倍増されると思っている。
エルヴィスの顔や彼のダンスを知らなくても、
「ハートブレイク・ホテル」がラジオから流れてきただけで、
ドキっとした女性は多いと聞く。
実際リアル・タイムでエルヴィスを聴いた方からお話を伺ったことがあるが、
エルヴィスのデビュー当時、彼のルックスに関しては
あまり日本に情報が入ってこなかったらしい。
でもあの歌声にシビレてファンになり、その後初めて「オン・ステージ」を観て、
あまりにもハンサムだったので
ますます彼が好きになったという話を聞いた。

彼の目は歌声と同じで、様々な表情を持っている。
チェロキー・インディアンの血を色濃く感じるまなざしは、
とても神秘的だ。
少年のように笑ったかと思うと、成熟した男性の目つきになり、
ある時は寂しさで満ちている。
「キング・クレオール」という映画で、エルヴィスが好きな女の子に向かって
「ヤング・ドリームス」という歌を歌うシーンがある。
そのまなざしは「セクシー」で、多分あの目に見つめられたら、
どんな女の子でもまいってしまうだろう。
エルヴィスの場合、「目で語る」と言ってもいいかもしれない。
彼は別に意識しなくても、自然に色気を漂わすことができたのだ。

しかし、彼のあの柔らかい髪質が変化したように、
色気は永遠のものではない。
そのかわり歌に対する表現力は、歳を重ねるごとに
その人の人生が投影されて、味わい深いものになっていく。
いつまでも輝きを失わないもの・・・それは彼の偉大な音楽の才能。

私の音楽仲間の一人は言う。
「ジョンやポールが衝撃を受けた50年代のエルヴィスは別にして、
僕の持つ、その後の彼のイメージは、女性にとっての色気の権化的なものだった。
彼に特別注意をはらうべき音楽的価値を見出すことはなかった。
『ラヴ・ミー・テンダー』を歌いながら女性たちにキスする彼の姿を見たときは、
はっきり言ってビックリしたし、音楽をやるという感じではなかったね。

でも彼が歌う『アメリカの祈り』を聴かされたとき、
エルヴィスというアーティストの本来の姿、底知れぬ力をまざまざと感じた。
これはエルヴィス・ファンの君に対するリップ・サービスでもなんでもないよ。
ほんとうに感動したんだ。
『この人、すごいな。素晴らしい音楽だな。』
そう、素直に感じた。
僕はうかつだった。
エルヴィスの強烈なフェロモンが邪魔をして、
今までの僕は彼の価値ある音楽性に気づかなかったんだね。

その後、彼の音楽を別の観点から聴いてみた。
いい曲がたくさんあったよ。
『明日への願い』とか『トラブル』、『ア・フール・サッチ・アズ・アイ』など。
ブルースやカントリー、ゴスペルが、
彼自身を経て、その後のロックにつながっていくという流れが、
今になってようやく理解できた。
エルヴィスのステージ(エルヴィスの場合「ライヴ」ではなくて「ステージ」だね)を
見てみたかった。彼の歌声を生で聴いてみたかった。
今では、そう思うよ。」

<03・12・5>