モハメド・アリ@〜「奇跡」


出会いのきっかけはサム・クックだった。
サムのDVD「LEGEND」で
彼がテレビのインタビューに応えてカシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)
とおしゃべりをしたり一緒に歌を歌う場面がある。

アリといえば元世界ヘビー級チャンピオンで
ボクシング界では神様のような存在だが、
その時私の目に映ったアリはまだ若くやんちゃな感じで、
愛嬌のあるおしゃべり好きな青年という印象の方が強かった。
隣りにいるサムの表情はことのほかリラックスしており、
「イェ〜ィ」と顔をほころばせながらお互いに見つめ合って歌う様子を見て、
兄弟のように仲がいいなと思ったのである。
私はこの場面がなぜかとても好きになった。

続いて1964年2月、マイアミでアリがソニー・リストンを破って
初めてプロの世界で王者に輝いた瞬間が映し出される。
リングの上に関係者が押し寄せ騒然とする中、
アリは興奮しながらマイクに向かって
「俺は偉大だ!リストンなんか俺の敵じゃない!
世界最高の歌手、サム・クックをリングに!」と熱狂的に呼びかけた。
すかさずやってきたサムは喜びを噛み締めながらアリの偉業を称えるのだが、
その光景は何とも凄まじく、二人の固い絆を感じずにはいられなかった。

そのDVDを観てから数ヶ月後、たまたま検索をしていたら
モハメド・アリの伝記映画「ALI」で
サム・クックのハーレム・スクエア・クラブでのライヴを
彷彿とさせるシーンがあることがわかり、
その場面を観たいがために早速近くのレンタル・ショップに出向く。

どのような設定でいつそのシーンが出てくるのかと
期待に胸を膨らませながら観はじめたのだが、
いきなり冒頭部分から聞き慣れた
ライヴ・イントロダクションの声が流れてきたので唖然とした。
何と「ALI」の始まりはサム・クックの紹介から始まったのだ。
サム役の俳優はあのライヴの時と同様『Feel It』を歌い出した。
ライヴ会場の様子は私が想像していたものとほぼ同じで、
最前列にはきれいに着飾った女性達がうっとりしながらサムを見つめている。
それと交互に練習に励むアリ役のウィル・スミスが映し出され
ライヴ・サウンドをバックに話が進行していく。

サムを取り巻く世界はあでやかな女性が主体であり、
それとは対照的に、ボクシングに打ち込むアリを
取り囲む世界は女が決して入り込めない男の世界であるということを
映像を通して説明しているかのようだった。
バックの歌はいきなり佳境に入り、
私の大好きな『Bring It On Home To Me』の前振り部分に突入。
サム本人の歌声でないのは残念だったが、
この曲がファイターのバックに流れていても
何ら違和感がないことに少々驚いた。
リストンとの試合を間近に控え、
緊張した面持ちで待ち構えるアリの雰囲気を歌が盛り上げていたからだ。

サム・クックのライヴ・シーンだけを観たくて借りたDVDだったが、
気がついてみたら映画の世界にどっぷり浸かっている自分がいた。
「ALI」を観終わった後、私は本物を見てみたいという気持ちに強くかられ、
すぐに「MUHAMMAD ALI〜WHEN WE WERE KINGS」
(「モハメド・アリ〜かけがえのない日々」)というビデオを借りに行った。

私はモハメド・アリが1976年にアントニオ猪木と戦った試合を
リアル・タイムで観ている。
その頃私は小学生で、ボクシングやプロレスに全く関心がなかったが
アリが猪木と戦うために来日すると、日本は興奮の渦に巻き込まれ、
学校でもその話題で持ちきりになった。
試合当日は誰もが早く帰宅し、家族総出でテレビに釘付けになったことを
昨日のことのように思い出す。
猪木がアリの足ばかりをキックして結局引き分けに終わったという
半ば喜劇のような試合だったが、
あの「アリ・キック」だけは鮮明に私の脳裏に焼き付いていた。

今までモハメド・アリといえば、
アリ・キックを受ける彼の姿しか思い浮かばなかったが、
アリの実録ビデオを観ることによって、彼のユニークかつ優しい人柄と
素晴らしい功績を多少なりとも知ることができた。

「モハメド・アリ〜かけがえのない日々」は1974年10月、
アフリカのザイールで行われた世紀の試合、
アリが王者復活をかけて戦った
ジョージ・フォアマンとの試合に焦点が絞られ構成されている。

この試合は髪の毛が箒みたいに逆立っているプロモーター、
ドン・キングが企画したもので、同時に開催された音楽の祭典には
ジェームズ・ブラウンやB.B.キングに加えて、スピナーズ、クルセイダーズも参加。
ドン・キングはこのイべントの主旨に関して以下のように語っている。
「昔奴隷としてアフリカを去り、そして今輝かしく王者達と戻ってきた。
スポーツの王者と音楽の王者だ。
スポーツと音楽を一つの有機体に統合したんだ。」

私がB.B.キングのライヴ映像で一番好きなものは
このザイールで行われた「Live In Africa」だ。
そういえばこの映像には
BBのライヴを観客席で観ているモハメド・アリやドン・キングが映っている。
まさかモハメド・アリのビデオで
BBのライヴを観ることになろうとは夢にも思わなかった。
偶然は必然とも言われるが、
点と点が偶然にも線で結ばれた感じだ。

このフィルムの見所はたくさんあり、
さすが1997年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞しただけある。
あまりの内容の濃さに要約することができない。
アリの芝居がかった口調や大ボラ、おどけた表情には苦笑してしまったが、
アリがチャンピオン・ベルトを取り戻していく過程や、
彼が真面目な顔をして
「やることがたくさんある。黒人社会で解決すべき問題が山積みだ。」
と語る姿を見て、このドキュメンタリーだけではアリの真実はわからないと思った。
ビデオを観た翌日、アリに関して書かれた本を図書館に探しに行く。

私は借りてきた3冊の本を一気に読み終え、
彼のゆるぎない信念を知って驚愕し、深い感激を味わった。
アリの存在自体が神様の思し召しであり、
「奇跡」だと思うようになった。

アリがジョージ・フォアマンを破った試合はザイールの首都から名前をとって
「キンシャサの奇跡」と言われるが、奇跡はそれだけではない。
よくぞアリはマルコムXやマーティン・ルーサー・キング、
ケネディ大統領のように暗殺されなかったかだ。
公民権運動の推進者、指導者達は1960年代、
無残にも次から次へと闇に葬られた。

モハメド・アリがどんなに偉大な人物であり弱者の味方であったか、
そして彼がなぜ世界のヒーローとして今なお人々の胸に生きているのかを
本を読むことで納得することができたのである。

★アメリカの黒人より君たちのほうが素晴らしい。
たとえどんなに貧しくても君達には威厳がある。
我々が失ったものを決して失わないでほしい。
<モハメド・アリ/ジョージ・フォアマンに勝った後アフリカの代表団に対して>

<05・3・18>




































Muhammad Ali