「昔を思って わが友エルヴィス」
                   板倉洋子<YOKO ITAKURA>



日本にいる時はエルヴィスに会いたいと思わない時はないのに、
ラスヴェガスにいると不思議にも全く欲がなくなってしまいます。
しかし今、会いたいと思わなくても、
1ヶ月間、何の努力もしなかった事を日本に帰った時本当に後悔しないか、
彼女達(同じホテルに滞在していたアメリカのファン・クラブの人達で、
エルヴィスにどうしたら会えるかアドバイスを与えてくれた)
と別れて初めてそう考えました。
会えなくてもともと、何かすべきでしょう。
しかし一体何をすればいいのでしょうか。
エルヴィスに会わせることができる人、
マネージャーのパーカー大佐に頼むのが一番てっとり早いのですが、
彼と何回か顔を合わせた時もまるで相手にしてくれる様子はありませんでした。
彼とじっくり話す機会さえあったら・・・・。
早速会うべく手紙を書きました。
エルヴィスの熱烈なファンであり、2回目の渡米であること、
「On Stage」も100回以上みていること等、アピールするような事は全部、
そして彼に是非渡したいプレゼントも持ってきたことも!

                                          <1972年8月22日>


★・・・エルヴィスの部屋、
黒く重い扉の中では男女合計20人ほどの人が自由に飲んだりお喋りをしたり、
白いワイシャツと黒い背広にペンダント、
11月のハワイでの記者会見の時と同じ服装をして、エルヴィスは一番奥の白い椅子に、少し前屈みで両手を膝のあたりに軽く置いて座り、
回りの人と静かに話をしています。
非常に静かな人で、4〜5m離れた私のテーブルでは、
彼が何を話しているかほとんど聞こえませんが、時々何やら笑っています。
が、舞台でするようなオーバーなものでなく、とても穏やかな笑いです。
笑いだけでなく彼の全ての動きは静かで控え目でした。
話す時はじっと相手を見ていますが、
時々何かを思い浮かべるかのように視線を遠くに向けるので、
その通り道にいる私はその度にドキドキ、彼は私に気づいてさえいないのに。

やがて彼は立ち上がり、回りの人に挨拶を始めました。
一歩一歩近づくごとに心臓はドキンドキン。
じっと彼の頭の先から脚の先までにらみつけ、彼の姿を暗記しようと努力していました。
エルヴィスの「Good Night」に私も「Good Night」、
やっと私達が初対面だと気付いたらしく「Hi」 とエルヴィス、私も「Hi」、
またもや私も立ち上がろうと話しかけようともせず、
彼が行くのを黙って見ていたのです。
どうしても話そうと思う気持ちが起きないのですから仕方ありません。
私は彼の姿をずっと眼で追い続けました・・・

自分の部屋に戻ると今までの平静がまるで嘘のようにムラムラと
彼の姿が頭の中に甦ってきます。
会ったというより一方的に見ただけなのに、
今まで心の中にしっかりと張り詰めていた糸がぷっつり切れてしまったような
やり切れない空しさ、訳のわからない涙が出てくるだけで
いくら眠ろうとしても涙が出てくるだけで無駄でした・・・

                                          <1972年8月24日>


★・・・ショーが終わり観客も出終わった頃、
従業員用入り口から迷路のようなバック・ステージを通り抜けて
「ELVIS PRESLY」と書かれたドレッシング・ルームに着いた。
部屋の前で彼の着替えが終わるまで待ちました。

午後10時15分頃やっと中に案内され、入ってびっくり!
ソファーには人が座りきれない程いて、それにテレビが煩わしく鳴り響いています。
唖然としながらも、じっとエルヴィスの姿を、座っている人達の中から捜していました。

そんな私の真ん前に、いつからいたのかエルヴィスが立っているではありませんか!!
何の感動に浸る間もなく、彼は気安く手を出しながら「How are you?」
慌てて握手はしたものの、何と答えて良いかわからない。
互いに紹介されるとますます頭が働かなくなってしまった。
やっとプレゼントの人形を渡すと、「Cute!!」と言って
回りの人に同意を求めるように人形を見せていた。
「写真を撮っていいですか?」に軽く「Sure」。何と優しく親切な人でしょうか。
彼はひとりでキョロキョロ写す場所を探してくれています。
ドアの方を差したので、しめた、やっと私達だけになれると思ったのも束の間、
関係ない人の「ここでいい」の一言で終わり、
道家(どうけ)さんがカメラのセットを頼んでいる間、
エルヴィスは冗談を言って回りの人と笑っている。
服装は30階の時と同じ、服の色は濃く、顎はヒゲのあとで真っ青。
しかし30階の時の映画から抜け出た人形みたいな彼より、
ずっと人間味があっていい感じ。
彼の横に立つと私の肩にものすごい力で手を置き引き寄せた。
あまり力が強いので、
私の頭で彼の顔が隠れないか心配でしたがあえて抵抗はしません。
こうなれば写真なんてどうにもなれ!!
されるままに彼の横にぴったりと並びました。幸い写真はとてもよく撮れています。

【私】    去年も来たのですが。
【EL】        I beg your pardon?
【私】    去年も来ましたが、今年の方がずっと素晴らしい。
【EL】        ありがとう。
【私】    質問していいですか?
【EL】        (黙ってうなづいたと思う)
【私】    来年以降もショーを続けるつもりですか?
【EL】    いや私にはわからない。 私の決めることではないから。
【私】    舞台で歌う曲の選曲方法は?
【EL】        (少し考えて)難しい質問だね。まず何百もの中から50曲選ばれ、
       最終的に20曲が選ばれる。実際に歌う曲が。
【私】    私は毎回あなたの昔のヒットソングを歌ってくれてとても嬉しく思います。
【EL】    Beautiful
【私】    しかし、毎回同じ曲を歌っているように思います。
【EL】    いろいろな曲を歌おうと努力している。しかし舞台で歌う曲数は
       限られているのにあまりに多くの曲があり過ぎる。
【私】    でも変えることはできます。
【EL】        メドレーがあるし、時々変えている。
【私】    そうです。メドレーのことを言っているのです。
【EL】         君の言う通りだ。今、君が言いたいことがわかった。
       君は正しい。次のステージに来ますか?
【私】    Yes.
【EL】    変えよう。君のために。 (咳払いをする)

用意していた色紙にサインをしてもらった。
回りが騒がしいのでテープ(入室前に録音ボタンを押しておいた)の録音状態は悪い。
特にこれ以降は所々を除いて、殆ど聞き取れないので
エルヴィスが
実際にどんな単語で答えてくれたかは忘れてしまった。
内容は次の通りです。

【私】    ラスヴェガスのショー、特に観客をどう思いますか?
【EL】    私はただ彼らが好きです。
【私】    舞台に登ってくるファンはどうですか?
【EL】        時々は良いと思いますが、ファンにもいろいろありますから。
【私】    ラスヴェガスでは、特にリングサイドに来る人達は、
       あなたの歌でなく、スカーフをもらったり、触ったり、
       キスする事だけを望んでいるように思いますが、
       私は・・・・・
       (一体こんな事を言い出してエルヴィスから何を
       聞こうと思っていたのかと考えた途端に何をどこまで話して
       いたのか忘れてしまった)
【道家さん】私達はあなたの歌を聴きたいと思っています。
【EL】        (はっきり覚えていない。大きくうなづいた後、
       ニヤッと笑っただけで、何も答えなかったと思う)
【私】    ハウンドドッグを投げるのはどうですか?
【道家さん】観客は興奮しますね。
【EL】        その通りです。

私は話ながらも失礼なことを言ってしまっていると反省していました。
しかし、そんな私の質問を回りの騒音の中からじっと聞こうと努力してくれます。
時々ニヤッと例の口を曲げた笑いをしたり、困ったなあ、
とでも言いたいように鼻を指で擦りながらいやな顔一つ見せずに答えてくれます。
あの舞台でのエルヴィスと、
今ここにいるエルヴィスが本当に同一人物か信じられないくらいでした。

私達は彼に礼を言うと、
彼の差し出す温かく少し荒れた手をしっかりと握りしめて別れました。
もう10時半を過ぎていましたので、急いでショールームに向かいました・・・

                                          <1972年9月1日>