「心の想い出」                  道家 鈴 <Suzu Doke>


2回の旅行で何とたくさんの親切を受けたことでしょう!
日本へ向かうJALの機内で私は目を閉じ、
この1年間に次から次に起こった夢のような出来事を想い出し、
親切な人々の顔を思い浮かべました。
私生活でプリシラ(エルヴィスの元妻)が去った今、
これからもエルヴィスが音楽活動をする時は、この親切な人々がいつでも彼を迎えて、
いつまでも彼にサポートをしてくれますようにと、手を合わせて祈らずにはいられませんでした。
 
日本では様々な雑誌が、あることないこと彼について書いていました。
私はその度に言いたかったのです。
私のこの目で見た、私の目の前にいて、私に見せてくれたエルヴィスしか信じません!!と。                                                   <1972年夏>


★・・・私の目の前にエルヴィスがいる。白いきれいな顔をして、目だけが黒っぽく、
細長い素敵な目。物静かで、暖ったかそうで、なんて感じのいい人だろう。
時々投げかける視線が近視かなと思わせる、一寸鋭いけど、すてきな目・・・
                                              <1972年8月24日>


★・・・ドレッシング・ルームへは私が最後に入ってドアを閉めるのかなど、
またまたバカな事を考えながら暫くノブを握ってから振り向くと、
そこにエルヴィスがそびえていました。
彼が私の馬鹿な行動が終わるのを黙って見ていたのかと思うと、恥ずかしくなりました。
彼は私の着物の左肩をつかみ「Beautiful」と2回言い、3歩後ずさりして頭を右と左へ傾け、
もう一度「Beautiful」と言いました。
私は「Thank you」と言うのも忘れ、
この着物を彼が気に入って触ったのだから大切にしよう、
などと思いながらただボーッとしていました。

赤保木さんがプレゼントを渡すために、ビニール袋から人形をとり出すのに手間取っている間、
彼はオアズケを貰った忠犬(失礼)のように、もの静かな表情でおとなしく待っていました。
彼が奥の自分の部屋に連れて行こうとしたのを遮ったのはジョー・エスポジートで、
あの頃ハリウッドのウェイトレスから起こされたパタ二ティ訴訟の現場である彼の楽屋に対して、側近がピリピリしていた様子がうかがえますが、
当の本人はいたって無防備で無頓着な人のようです。

写真撮影を申し込んだ時の彼の高めの「Sure!」という声は、本当に快い響きで、
今も私の耳にはっきり残っています。
ポーズをとった時、彼の腕がしっかり私の背中にまわり、
まるで板に張り付けられたようで身動きがとれないので、
目だけ左へ動かすようにして彼を確かめると、彼の胸が目に入りましたが、
顔を確かめるのは無理でした。

サインを貰う時、赤保木さんが気をきかせて「S-U-Z-U」とスペルアウトすると、
エルヴィスもふとペンを止め、自分の名前を思い出すふりをして、
「E-L-V-I-S」と言いながら書いてくれました。
あがって一言も話せないファンを、
ユーモアで努めてリラックスさせようと心懸けているのだな、と思ったものです。

この頃までに、彼のスターらしからぬ態度にすっかり参ってしまっていて、
いくらグレン(バックのピアニスト)の保証付きでも、こんな純粋無垢な人をぬいぐるみの件 
(エルヴィスがステージでぬいぐるみを投げたのに対して、
「もうそのようなことはしないで」と彼に言いたいとグレンに告げると、
「是非それをエルヴィスに伝えるべきだ、その言葉を彼は気に入るだろう」と言われたこと) 

で苛めるなど出来なくなっていましたので、赤保木さんがハウンド・ドッグの話
(エルヴィスがハウンド・ドッグのぬいぐるみを投げたことに対して、
彼女がそれに関してどう思いますかと彼に質問した)

を切り出した時、私は手をそっと後ろに回し彼女を思いっきりつねりました。
そして、私は慌てて「観客は興奮しますね・・・」と助け舟をだしましたが、
エルヴィスは苦笑いをして、鼻を盛んにさすっていました。
あたかも「この子達、こんなに小さいのに、言うなぁ。参ったよ・・・」という感じで。
それでも彼女が勇気をだして言ってくれたのは、結果的にとても良い事でした。

彼は美女に囲まれソファーにふんぞり返っているどころか、
ソファーはボディガードで占領されていて、座る所さえ譲ってもらわず立って、
一介のファンにすぎない私達の不躾な質問に背を屈め、
目線を同じ位置まで下げ、じっと目を見、耳を傾け、誠心誠意答えてくれたのです。
私は余り喋らなかった分、彼の表情、そして全体からかもし出されていた彼の
雰囲気を、目と心に焼き付ける事ができました。
瞬きせず見つめていた真摯な顔、弱ったなという風に鼻をさすった時の笑い顔、
それが一生の宝物になりました。  
                                              <1972年9月1日>

その後、舞台に現れた彼は一段と大きく見え、
舞台を完全に我が物にしたいつものキングに戻っていました。
ステージの上の彼は誰も真似の出来ない大エンターテイナーかもしれないけれども、
もうその時、私は彼を絶対に手の届かない人とは感じなくなっていました・・・